東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)141号 判決 1966年12月20日
原告 メタル・クロウジャーズ・リミテッド
被告 薄好勇 外一名
主文
特許庁が、昭和三十九年五月二十二日、同庁昭和三七年審判第三、二〇一号事件についてした審決は、取り消す。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告ら訴訟代理人は、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経過
原告は、昭和三十七年十二月二十日、その共有権者である被告らを被請求人として、昭和三十一年二月二十二日出願、昭和三十四年十二月二十二日登録にかかる登録第五〇四、三八四号「壜」の登録実用新案につき登録無効審判を請求し、昭和三七年審判第三、二〇一号事件として審理されたが、昭和三十九年五月十八日付審理終結の通知に続いて、同月二十二日、「請求人の申立は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年六月六日原告に送達された(出訴期間として三カ月を附加)。
二 本件登録実用新案の考案の要旨
別紙図面に示すように、口頸2外周に上部とこれと間隔を存してその下方とに互に方向を異にする螺旋3、4を設け、これに螺嵌した被蓋5の両螺旋3、4の中間にこれを囲繞して細い数個のつなぎ片6を存した切割線7を設けてなる壜の構造。
三 本件審決理由の要点
本件審決は、本件登録実用新案の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、これが、その登録出願前国内において公然知られ、また、その登録出願前国内に頒布された刊行物に容易に実施することをうる程度に記載されたものであり、その登録は、旧実用新案法第三条第一号及び第二号に該当し、その登録は、同法第一条の規定に違反してされたものであるから、同法第十六条第一項第一号に該当し無効とされるべきものである旨の原告の主張につき、甲第一号証(当審における甲第一号証)は、本件実用新案の登録出願前に国内に頒布された刊行物ではなく、また、甲第二号証の壜の密栓についてのカタログは、おつて提出する旨述べているのみで、審判請求後一年余を経過した今日に至るも、いまだに提出していないので、これに関する請求人(原告)の主張は立証できないものと認められ、本件審判請求は立証の伴わない単なる主張にとどまり、これをもつて本件実用新案登録を無効にすることはできない、として請求人(原告)の申立は成り立たないと結論した。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、次の点において違法であり、取り消されるべきものである。すなわち、
(一) 本件審決は、原告(請求人)が提出した甲第二号証の一及び同第三号証につき判断を遺脱した。
原告は、本件実用新案の登録が新規性のないことを証明するために決定的重要性を有する前記甲第二号証の一(雑誌「フード・マニフアクチヤー」第三〇巻第五号第二一七頁)及び同第三号証(甲第二号証の一が昭和三十年七月五日明治製菓株式会社により受け入れられた事実の証明書)を苦心の末漸く入手できたので、昭和三十九年四月頃、代理人川原田幸の事務員横尾宏を使者として、本件の主任審判官岸本孝に証拠として提出した。同審判官は、右甲号各証を閲読のうち、同年五月中に、甲第二号証の一の訳文を添えてその副本を提出するよう申し渡したので、原告において、鋭意その準備中、同年五月一日付書面審理通知書(甲第五号証)が、次いで同月十八日附審理終結通知書(甲第六号証)が、それぞれ送達された。原告は岸本審判官の指示のとおり、同年五月二十八日、右甲号証の副本及び訳文を提出したが、前記のとおり、同年五月二十二日審決があり、同年六月六日その謄本の送達があつたものである。前記甲第二号証の一及び同第三号証は、その提出を受けた岸本審判官において、原告の無効審判請求を支持するに足る決定的重要性のある書証であるとの確信をいだき、右横尾にも、その趣旨を洩らしたが、これに訳文を添えて五月中に再提出するよう指示を与え、受付手続を経ないまま一時横尾に返戻したものであるから、同年五月二十二日本件審決をする際、前記甲号各証が同審判官の手許には保管されていなかつたとしても、それがどんな書証であるかは、同審判官において記憶していた筈であるにかかわらず、その審決理由において「甲第二号証の壜の密栓についてのカタログは追つて提出する旨述べているのみで……いまだに提出しないから、これに関する請求人の主張は立証できないものと認め、理由がないものと認める」としているのは、何らかの動機のもとに、故意に前記書証の提出を無視したものといわざるをえない。
(二) 仮に右(一)の主張が理由がないとしても、本件審決には、原告の無効審判請求を支持するに足る決定的重要性のある書証を調査せず、審理を尽さない違法がある。
本件登録無効審判請求事件における原告の代理人(本訴における原告訴訟代理人の輔佐人)川原田幸弁理士は、昭和三十七年十二月二十日本件登録無効審判の請求をするとともに、被告らの登録実用新案が新規性なく、全く原告の特許発明の実施品であるSecu Roの模倣にすぎないことを立証すべく、事務員横尾宏を、しばしば主任審判官岸本孝に面接せしめ、本件登録実用新案の出願前に、原告が右Secu Roの広告をした(1)モダン・パツケージング、一九五五年七月号、第二八巻第一一号四五頁(甲第九号証の一、二)及び(2)同誌同年九月号、第二九巻第一号二一三頁(甲第十号証の一、二)を提出したが、同審判官より日本国内においてこれが頒布されていたことを証明するよう指示されたので、丸善株式会社にその旨の証明を依頼したが、得意先の利益に影響することを恐れて拒否されたので、昭和三十八年十月三十一日、モダン・パツケージング誌の日本総代理店海外出版貿易株式会社よりその証明書(甲第十二号証)を得、同時に、同社扱いの同誌の部数は、昭和三十年頃約三百部、昭和三十八年現在では約千部に及ぶことも知つたので、直ちに岸本審判官に右証明書を提出し、その頒布部数も告げたところ、同審判官は、右証明書中の「予約購読者」とあることにつき具体的にその氏名住所を示すようにといつて、右証明書を横尾に返戻した。よつて、原告は、国立国会図書館に同誌の受入年月日の証明を依頼したところ、昭和三十一年十一月十六日受入の証明書を下付された。同誌の実際の受入は発行日から一、二カ月後なのであるが、同図書館において図書を整理してカードに記入するのが遅れるため、前記のような受入証明となつたものである。岸本審判官は、この証明書を読んで、これでは出願日より後となるから不十分であるとして横尾に返した。次いで、川原田弁理士は、原告会社の本社に問い合せたところ、Secu Roの広告は、一九五五年(昭和三十年)五月号の「フツド・マヌフアクチユア」誌(甲第二号証の一)にも掲載されているとの通知を得たので、東京工業大学大川町図書館、鉄道技術研究所、国会図書館、東京大学、京都大学等に照会した結果、京都大学において購入していることが回答されたので、その証明を依頼して証明書(甲第十五号証)を得、これを昭和三十九年一月末頃岸本審判官に提出したが、さきの国会図書館の場合と同様の事由からカード記入日が受入日とされているため、同審判官は、不十分として返戻した。その後間もなく、社団法人発明協会に依頼したところ、調査の結果、右雑誌五月号(甲第二号証の一)が明治製菓株式会社に保管されていること及び同社は昭和三十年七月五日受け入れていることが判明し、昭和三十九年四月上旬、同協会より右甲第二号証の一及び同第三号証(明治製菓株式会社の受入証明書)を送付されたので、川原田弁理士は、これらの書類を、横尾宏を差し向けて、前記岸本審判官に提出したところ、同審判官は、これを閲読したうえ、訳文を付して翌月中に差し出すように指示して、これを横尾に返戻したものである。
しかして、右甲第二号証の一には、抜取防止用シール(密栓)として、
(1) 被蓋の上の螺旋が右ネジ、下部の螺旋が左ネジであり、
(2) ネジを廻し戻すことにより上下両部の中間にミシン孔線(切割線)を穿つた部分の切断を容易にし、
(3) 被蓋の下部は上部よりも直径が大であり、開蓋後は下部を廻して容易に取り外しうる。
構造のものが写真とともに示されており、また、右甲第三号証によれば、この第二号証の一は、昭和三十年七月頃の間、すでにわが国において公知となつていた事実が明らかである。
しかして、また、本件登録実用新案の壜の構造が、右公知のシールとその構造及び効果を同じくするものであることは、前掲本件登録実用新案の要旨その他に照らし、まことに明白なところである。
以上詳述した経過並びに甲第二号証の一及び同第三号証の記載に徴すれば、本件登録無効審判請求事件の審判官において、右甲号各証が請求人である原告の請求を支持するため決定的重要性をもつ証拠資料であることを十分知りえた筈であるにかかわらず、その提出がないとして、これを審理考慮することをしなかつたのは、重要な証拠について調査を怠り、審理を尽くさなかつたもので、違法である。けだし、審判手続において、本来、一般公衆の利益のため職権審理主義の原則が貫かれており、とくに当事者によつて特定された事項の範囲内で職権探知が行われ、また、証拠調につき職権主義をとり入れ、もつて、公平適正な審決をすることを理想としていることは、いうまでもないところであるからである。
第三被告らの答弁
被告ら訴訟代理人は、答弁として、原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件登録実用新案の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは認めるがその余は否認する、本件審決には、原告主張のような違法の点はない、と述べたほか、それぞれ、次のとおり主張した。
一 被告薄好勇訴訟代理人の主張
(一) 原告が本件審判手続において提出したと主張する甲第二号証の一及び同第三号証は、特許庁における受領権限のある者によつて、口頭審理手続又は書面審理手続において適式に受領されたものではないから、提出の効力を生じていなかつたものである。
(二) 実用新案法第四十一条で準用する特許法第百五十条及び第百五十三条等の規定は、被告日本硝子株式会社訴訟代理人の主張するとおり(後掲二の(三))、審判官に対し職権審理を行うべきことを義務づけているものではない。
(三) 甲第二号証の一は同第三号証の記載によれば、一般に公開されていない場所であると推察される明治製菓試作研究所の所蔵するもののようであるから、普通一般、すなわち、不特定多数人に知られていたものとはみえないのみならず、甲第三号証の証明書も、明治製菓試作研究所庶務係事務員鈴木郁江がその認印を押して証明形式をとつているものであり、明治製菓株式会社の証明権限あるものの証明ではないから、証明書としての証拠価値はなく、甲第二号証の一が、はたして日本国内において刊行物として頒布されたものであるかどうか不明である。
(四) 本件登録実用新案が右甲第二号証の一の記載から容易に実施しうる程度のものであるとは解し難いこと被告日本硝子株式会社訴訟代理人の主張するとおりである(後掲二の(二)参照)。
二 被告日本硝子株式会社訴訟代理人の主張
(一) 甲第二号証の一及び同第三号証は、本件審判手続において正式に提出されたものではない。
(二) 右甲号各証は、本件登録実用新案が新規性を有しないことを証明するために決定的な重要性を有するものではない。甲第三号証は、権威ある公的機関による証明書ではなく、甲第二号証の一の密栓と本件登録実用新案とは技術的に、少くとも次の(1)及び(2)の点において異り、それに伴い作用効果においても差異があるから、後者は決して前者の単純な模倣ではなく、また、前者から容易に想到しうるものでもない。すなわち、
(1) 後者においては、上部と下部との各口頸に大小、広狭の差がないが、前者においては、容器の上方螺状部の内頸は、下方環状部の内頸よりも小さい。
(2) 後者においては、口頸外周の上下に互に方向を異にする螺旋があり、これに螺嵌した被蓋の両螺旋の中間に、これを囲繞して細い数個のつなぎ片を存する切割線があるが、この形状は凸状であるに対し、前者においては、壜に取りつけられる密栓の中間部を二つの部分に分ける切込線があり、その細孔又は溝孔は凹状をなしている。
(三) 原告の審理不尽の主張は、帰するところ、審判手続において、特許庁が原告に有利な証拠を職権で拾い上げてくれないのは違法であるというに等しいが、これは、すこぶる勝手な理屈である。実用新案法第四十一条において準用する特許法第百五十三条には、職権証拠調を規定した行政事件訴訟法第二十四条の規定と同様の二つの原理がそのまま当てはまるものである。すなわち、「職権審理が行われうるとしても、(イ)職権審理を行うことが義務づけられているのでないこと、(ロ)当事者の提出した資料により一定の心証が形成された後は、職権審理の必要はないから、結局、当事者の提出した資料のみによつては心証を形成することが不可能な場合に職権審理が行われるものであること」の二原則がそれである。原告は、職権探知は審判機関の義務であるとの誤つた前提に立つて、その義務違反を問題にしているもので、原告の主張は、到底審判手続の違法を根拠づけるものではありえない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 争いのない事実
本件登録実用新案の要旨、本件実用新案登録無効審判請求事件の特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 審決を取り消すべき事由の有無について
(一) 原告は、まず、本件審決には、請求人である原告の提出にかかる甲第二号証の一及び同第三号証に対する判断を遺脱した違法がある旨主張するが、原告が挙示援用するすべての証拠資料によるも、右甲第二号証の一及び同第三号証が本件審判手続において適式に証拠として提出されたことを肯認することはできないから、これを適式に提出したことを前提とする原告主張は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。
(二) 当事者間に争いのない本件実用新案登録無効審判事件に関する特許庁における手続の経緯及び本件登録実用新案の要旨並びにその成立に争いのない甲第二号証の二、及び同第三号証、証人横尾宏の証言及び本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、
(1) 本件実用新案登録無効審判事件における請求人(原告)代理人弁理士川原田幸は、被告らの登録実用新案と技術的思想及び作用効果を同じくする原告の商品Secu Roが右実用新案の登録出願前(出願日は昭和三十一年二月二十二日)、日本国内において頒布された刊行物に登載されている事実を立証すべく、種々手を尽した結果、昭和三十九年四月頃、右Secu Roの写真及び説明文が広告として登載されている「フード・マニフアクチヤー」第三十巻第五号二一七頁(甲第二号証の一)が昭和三十年七月五日明治製菓試作研究所に受け入れられた旨の証明書(甲第三号証)を入手することができたので、その頃、これらの書類をその事務員横尾宏をして前記登録無効審判事件の主任審判官岸本孝に提出せしめたところ、同審判官は右書類すなわち甲第二号証の一及び同第三号証をその場で閲読したのち、甲第二号証の一につき訳文を添えたうえ副本とともに提出すべきことを右横尾に指示して、これを同人に返戻したこと(当事者間に争いのない審決理由中の「甲第二号証の壜の密栓についてのカタログは追つて提出する旨述べている」旨の記載は、この事実を裏付けるものといえよう。)
(2) 右甲第二号証の一には、被告らの登録実用新案における密栓と外観類似とも見える構造の密栓が英文の説明文のほか写真によつて示されていること、
(3) その後、前記川原田弁理士は、同年五月二十八日、訳文を添えて前記甲号証を提出したが、それより先、同五月一日付書面審理通知及び同月十八日付審理終結通知に続いて、同月二十二日本件審決がされたことを認定しうべく、これを左右するに足る証拠はない。
しかして、以上認定の経過に徴すれば、このような事実関係のもとにおいて、本件審決が、前掲甲第二号証の一及び同第三号証について審理検討し、何分の判断を示すことをしなかつたのは、審判手続においては、その審判の適正を期するため職権による証拠調が認められている事実(実用新案法第四十一条により準用される特許法第百五十条参照)をも考慮するときは、本件審判手続には、あるいは審決の結論に影響を及ぼすやもしれない証拠の存在を容易に推知しえたにかかわらず、その調査を怠り、結局本件審判事件における申立理由につき十分な審理を尽さなかつた違法があるものというべく、したがつて、本件審決は、その点において、取消をまぬがれないものといわざるをえない。
被告ら訴訟代理人は、この点につき、審判手続において、職権による証拠調は義務づけられているものではなく、また、補充的なものである旨主張するが、仮に抽象的一般論としては、この主張が正当であるとしても、そのことと、前認定のような本件における特殊の事実関係(とくに、右甲第二号証の一は、説明文に関する訳文を欠いたとはいえ、すでに主任審判官において、提示を受けてこれを閲読しており、さらに、前掲審決理由中の記載からも明らかなように、審判合議体においても壜の密栓に関するカタログが請求人から提出される予定であることを知りながら、単に請求後一年有余を経過してもなおその提出がないことを理由に、これを検討することをあえてしなかつた事実は、本件において、重要な意味をもつ事実であり、度外視されるべきではない。)のもとにおいて、前掲甲号各証につき検討判断すべきであるとするを相当とすることとは、全く別個のことに属するから、被告ら訴訟代理人の前示主張は、前に掲げた当裁判所の判断に何らの影響を及ぼしうべきものではない。
三 むすび
以上説示のとおりであるから、その主張の違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。
よつてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅正雄 影山勇 荒木秀一)
別紙
第1図Fig.1、第2図Fig.2<省略>